「お前が監督を決めていいよ。誰とやりたい?」(草刈正雄「ありがとう!僕の役者人生を語ろう」より)

そんな草刈は福岡県生まれで、父親は米国人。ただ、朝鮮戦争で戦死したため、母子家庭で育った。彫りの深い顔立ちと長身は父譲りだろうが、芸能界でそこがプラスに働くとは限らない。最近でいえば、スペイン人の母を持つ城田優がデビュー直後、オーディションに落ちまくった話を告白している。「海外から転校してきた役しか思いつかないよ」などと言われたそうだ。  しかし、草刈の場合はすぐによい出会いに恵まれた。広告界の頂点にいた若き大物ディレクター・杉山登志の目に留まり、資生堂のCMに抜擢されたのだ。杉山はこの3年後「自分が、毎日削られてゆくようで、たまらない」という言葉をのこして自殺するが、この抜擢だけを見ても、まぎれもない天才だった。  その後、俳優に転じた草刈は、石井ふく子市川崑角川春樹といった実力者に認められ、飛躍していく。82年公開の映画「汚れた英雄」では、主役のオファーをしてきた角川から、